「ほくそ笑む」というのは、笑うという表情をあらわす言葉のなかでは、どちらかと言えば悪い印象を持っている方が多いのではないでしょうか。
「ほくそ笑んでいる」と聞いて、明るい笑顔を想像する人はどの程度いるのかわかりませんが、何となく
こんな感じの表情を思い浮かべてしまうのです、
「ほくそ笑む」とはどんな表情なのか、正しく理解しているのか調べてみることにしました。
「ほくそ笑む」とは
「ほくそ笑む」とはどんな表情のことなのか、調べてみるとこう書かれています。
自分の思い通りにことが運んだと、ひとりにやにやする。
新明解国語辞典
この意味は受け取り方によっては、いろいろですよね。
自分の思い通りになれば、誰でも嬉しいので、自然に笑みがこぼれるものです。
それは悪いことでもありません。
ですが「ひとりにやにやする」となると、思い出し笑いとはまた違う印象を受けます。
つまり「ほくそ笑む」と聞くと、何か悪巧みをしたり、悪知恵を働かせた事柄が思い通りに上手くいったので、他人に見られないところで秘かに笑みを浮かべている様子を思い浮かべてしまうのです。
人前で堂々と笑うことができないので、人目のないところでひとりニヤニヤするのは、やはり良い印象を受ける笑顔ではないのでしょう。
「ほくそ笑む」の由来
「ほくそ笑む」の意味を調べていると、「北叟(ほくそう)笑む」が転じて「ほくそ笑む」になったという説が由来として有力だと伝わっていることがわかりました。
北叟とは、中国の北部に住んでいた老人のことです。
その老人は占いのようなことをする人で、どんなときでもうっすら笑みを浮かべて悠然と構えていれば何ごとも思い通りに進んだという。
そのことが故事として後々にも伝わり、「北叟笑む」が転じて「ほくそ笑む」になったのが由来ではないかと言われているのです。
何ともわかりにくい由来ではありますが、かなり古い時代に日本に伝わった故事であり、鎌倉時代にはすでに使われていたようなのです。
この北叟と言う人は、「人間万事塞翁が馬」の塞翁のことなのです。
「人間万事塞翁が馬」とは、良いことも悪いことも予知することはできないし、いつ吉凶が転じるかもわからないのだから、安易に悲しんだり喜ぶものではないという教えです。
喜怒哀楽をはっきりと表情に出すよりも、感情をあまり高ぶらせずにいることが大切だというのが「ほくそ笑む」の由来だとすれば「人間万事塞翁が馬」にも少し通じるところもあるのではないでしょうか。
「ほくそ笑む」の誤用
「ほくそ笑む」は、誤用されやすいようです。
間違えやすいのは、人を嘲って笑うことに「ほくそ笑む」と使うのが多いですね。
人の失敗を見て笑う、人が不幸になるのを見て笑う、バカにして笑うというのとは違うのです。
まとめ
「ほくそ笑む」というのは、どんな笑みなのか調べてスッキリしました。
何となく・・で使っていたことを思い出すと、冷や汗出ますね。
誤用しないように「ほくそ笑む」の意味をしっかり頭に入れておきましょう。