【家貧しくて良妻を思う】とはどんな意味のことわざなの?

ことわざ・慣用句

家貧しくて良妻を思う。

このことわざに出てくる「家」「貧しく」「良妻」という単語からイメージするのは、一般庶民に対して何か伝えたい意味が込められているような気がします。

家貧しくて良妻を思うということわざが、何を伝えているのか、ご紹介しましょう。

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家貧しくて良妻を思うとは

家貧しくて良妻と思うとは、

困難が起こると、助けてくれる人が現れることを望むという意味です。

もう少しわかりやすく説明して欲しいですね。
家とか、貧しいとか、良妻とかと関係ないような気がします。

ことわざとしての意味の由来は、

家が貧乏で困っている時に、やりくり上手な妻が居れば、なんとか切り抜けられるだろう。
良妻さえ居れば、困難も乗り越えられるという願望の表れです。

家貧しくて良妻を思うと似た意味のことわざ

貧しくて困っている時に、良妻に嫁に来てもらって、この苦境を切り盛りしてもらおうという、じつに他力本願なことわざです。

でも、人間は本当に困った時には、どこからか救世主のように助けてくれる人が現れるというのも、現実にあることです。

そして、家貧しくて良妻を思うと同じ意味のことわざもあります。

「家貧しくて孝子顕る」は同じことを伝えています。

これは、良妻が孝子に代わっているだけです。

孝子とは、親孝行な子供のことで、賢くて、よく働いて、親を助けてくれるような子ができるという意味です。

このことわざも、親の不甲斐なさを子供に助けてもらうわけです。
ちょっと情けない感じもしますが、親が貧乏ながらに愛情をこめて育てた子は、親孝行をしてラクさせたいと思うのかも知れませんね。

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家貧しくて親老ゆれば禄を択ばずして仕う

「家貧しくて孝子顕る」ということわざに通じるのが「家貧しくて親老ゆれば禄を択ばすして仕う」です。

意味は、貧しい家で、親は年老いていくのだから、給料や条件のことにこだわって仕事を選んでいる場合ではない。
安い給料でも、とにかく就職してお金を稼ぎ、親を養わなければいけない。

いまどき、親のために子供が一生懸命仕事をして養うなんて、あまりあり得ない話です。

それどころか、40代以上の引きこもりで、高齢の親の年金で養ってもらう人が急増している世の中です。

親が子供のために必死で働き、子供は親のために一生懸命働くというのが、昔は当たり前の考え方だったのでしょう。

まとめ

家貧しくて良妻を思う、家貧しくて孝子顕るは、どちらも困難な時に誰か救いの手が差し伸べられると、望みを持たせることわざですね。

どんなに窮地に追い込まれた時には、思い出すと絶望しないと思います。