芸能人や政治家など著名人のプライベートや不祥事などをマスコミが暴いてスクープとして世の中に出しことを「すっぱ抜く」といいますね。
最近は週刊文春や週刊新潮などのスクープ合戦を文字って「文春砲」とか「新潮砲」なんで言われます。
砲弾を撃ち込まれるくらいの衝撃だからです。
でも、日本では昔からマスコミのスクープのことを「すっぱ抜く」と言います。
すっぱ抜かれることなんて、有名人にならないと経験しないことですが、なぜ「すっぱ抜く」と言うのでしょうね。
すっぱ抜くの語源を調べてみました。
すっぱ抜くの「すっぱ」とは
人にはあまり知られたくないことを暴いてしまうことをすっぱ抜くと言いますが、そもそも「すっぱ」は「素っ破」のことです。
素っ破とは、いわゆる忍者のことです。
今では忍者が一番メジャーな呼び方になっていますが、もともと忍びの者には様々な呼び方がありました。
草(くさ)や突破(とっぱ)、伺見(うかがみ)、聞者役(ききものやく)など地域によって色んな呼び方をしていました。
素っ破もその中の一つです。
戦国武将たちは、忍びの者を使って相手の状況を知り、寝返らせたりして戦いを優位にしていたので、忍びを上手く使える武将が強かったと言われています。
甲斐の国の武田信玄は、巣っ破を上手く使いこなしたことで有名です。
一説には、武田信玄の軍師であった山本勘助が素っ破を使って敵から寝返る人物を選び出し、最小限の犠牲で済むように作戦を練った言われています。
素っ破が敵側に忍び込み、秘密を抱えているような人物を選び出して、人の弱みを掴んだことから、秘密を暴くことを「すっぱ抜く」と言うようになったのです。
すっぱ抜くが使われ出した時代
素っ破を盛んに使っていたのは戦国時代です。
江戸時代になってからも大名たちは忍びを抱えていましたが、戦国時代のような働き方ではなく、情報収集がメインだったようです。
すっぱ抜くという表現は、もともと忍びの間で使っていた言葉ではなく、表向きには平和になった江戸時代に庶民の娯楽の一つだった講談で使われることがきっかけです。
講談は、物語を語り、釈台という机を叩いたりしてその場の様子を再現させながら演出する芸のことです。
落語に似ていますが、講談の講釈師は小道具を使うので実際に落語と講談を聞き比べてみると違いが分かります。
講釈師が戦国時代にあった有名な戦の話をする時などに、巣っ破の活躍を「すっぱ抜く」と使うようになったのが始まりです。
まとめ
すっぱ抜かれることを心配してビクビクしている有名人は気の毒です。
それにしても、すっぱ抜くという言葉を当たり前に聞いたり使ったりしていましたが、忍者がもとになった言葉だったんですね。
意味は知っていても、なぜその言葉が生まれたのか知らないことがまだまだあるので、気が遠くなりそうです。
日本語の不思議は底なし沼です。