「門松は冥途の旅の一里塚」という言葉、ちょっとお正月には似合わないような気がしますよね。

おめでたいお正月には相応しくないですね

たしかに、口にするのをためらうわね
なぜこのような言葉があるのか解説しましょう。
門松とは
門松(かどまつ)とは、日本のお正月に家の門や玄関先に飾る伝統的な飾りです。
年神様を迎え入れるための目印として飾られるもので、新年に幸福や豊作、健康をもたらす神様が迷わず来られるように立てます。
門松の由来は平安時代の宮中行事が起源とされ、江戸時代には庶民の間にも広まり、現在のお正月文化として定着しました。
「門松は冥途の旅の一里塚」の意味
めでたい新年に、年神様を迎えるための伝統的な門松を冥途の旅に絡めて用いられたのか。
冥途とは死への旅のこと。
一里塚とは、街道に小さく土を盛って距離の目印とした塚のこと。
つまり、門松はおめでたい新年を迎えること、それは同時に一つ年齢を重ねることです。
永遠の命ではないので、新しい年が始まるということはそれだけ死に近づいていること。
そういう意味が込められている言葉なのです。
また、「門松は冥途の旅の一里塚」には続きがあります。
「門松は冥途の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし」と続くのです。
一休和尚の狂歌と伝わっています。
「門松は冥途の旅の一里塚」例文
「若い頃は気にも留めなかったが、年を重ねるにつれ、門松は冥途の旅の一里塚という言葉の重みを感じるようになった。」
「あと何度新年を迎えられるだろうと考える年ごろになり門松は冥途の旅の一里塚だなと思う。」
いずれもある程度の年齢を重ねると、残りの人生の長さを考えるようになることを表すときに使う言葉のように思います。
若い頃よりも一年という月日が短く感じられるようになり、あっという間にまた新年を迎えるという感覚になる人は少なくないでしょう。
ただめでたいだけではない切ない気持ちが入り混じるようになる年齢には、共感されるのではないでしょうか。
まとめ
狂歌とは風刺や皮肉をきかせた短歌として江戸時代に大流行したそうです。
おめでたいお正月にわざわざそんな水を差すようなことを・・と思う反面、なるほどなと共感してしまうので後世にも残っているのでしょう。

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